【M&A契約書の教科書】株式譲渡契約書(SPA)で経営者が絶対に知るべき5つの重要条項

目次

はじめに:M&A契約書は、未来の安心を約束する「最後の砦」

長い交渉とデューデリジェンスという大きな山を乗り越え、M&Aの旅はいよいよ最終目的地である「最終契約」へとたどり着きます。その証となるのが、株式譲渡契約書(SPA: Stock Purchase Agreement)です。

分厚い紙の束に、びっしりと並んだ難解な法律用語。これを目にして、「あとは専門家である弁護士に任せておけば大丈夫だろう」と感じる経営者の方も少なくないかもしれません。

しかし、その考えには大きなリスクが伴います。なぜなら、契約書にサインをし、その内容に関する最終的な責任を負うのは、他の誰でもない、経営者であるあなた自身だからです。M&Aが完了した何年も後になって、「こんなはずではなかった」と後悔する。そんな事態を防ぐための「最後の砦」、それがM&A契約書なのです。

この記事では、経営者の皆様が「弁護士任せ」にせず、自らの未来を守るために、株式譲渡契約書の「どこを」「どういう視点で」読めばよいのか、その核心となる5つの重要条項を、専門家が分かりやすく解説します。

株式譲渡契約書(SPA)とは?M&Aにおけるその役割

M&Aの最終的な合意内容をすべて文書化した「約束の集大成」

株式譲渡契約書(SPA)とは、その名の通り、会社の株式を譲渡(売買)するための契約書です。これまでの交渉で合意してきた、売却価格、譲渡の条件、双方の約束事など、M&Aに関するすべての取り決めを正式に文書化したものであり、M&Aプロセスの集大成と言えます。

一度この契約書にサインをすれば、そこに書かれた内容が法的な拘束力を持ち、売り手と買い手双方の権利と義務が確定します。

なぜ弁護士だけでなく、経営者自身も理解すべきなのか

もちろん、契約書の作成やレビューは弁護士の重要な役割です。しかし、弁護士は法律の専門家ではあっても、あなたの会社の事業内容や社風、これまでの歴史といった「現場の実態」まで全てを把握しているわけではありません。

契約書に書かれた一文が、自社の実態と乖離していないか。将来、自社にとって不利益なリスクを内包していないか。それを最終的に判断できるのは、会社を最もよく知る経営者自身です。契約書を深く理解することは、自らが築き上げた会社と従業員、そして自身の未来を守るための、経営者としての最後の責務なのです。

【最重要】経営者が絶対に理解すべき5つのキー条項

それでは、数十ページにも及ぶ契約書の中で、経営者が特に注意して読み込むべき5つの重要な条項を見ていきましょう。

条項①:譲渡対象物と譲渡価格(何を、いくらで、いつ売るのか)

最も基本的かつ重要な条項です。

  • 何を(譲渡対象株式): どの会社の株式を、何株譲渡するのかが正確に記載されているか。
  • いくらで(譲渡価格): 合意した売却価格の総額と、1株あたりの価格が明記されているか。
  • いつ(クロージング日): 代金の支払いと株式の引き渡しが、いつ行われるのか(クロージング日)が定められているか。

これらの基本情報に間違いがないか、必ず自身の目で確認してください。

条項②:表明保証条項(「会社の状態は、この通りです」という売り手の宣誓)

契約書の中で最も重要で、最もボリュームのある条項です。これは、売り手が買い手に対し、自社の財務、法務、人事などの状態について、「記載された内容が真実かつ正確である」ことを表明し、保証するものです。買い手は、この表明保証を信じて、M&Aの最終判断を下します。

条項③:誓約条項(コベナンツ)(「契約後、これをやります/やりません」という約束)

契約締結日から、実際の引き渡し日(クロージング日)までの間に、売り手(と会社)が「すべきこと」と「してはならないこと」を定めた約束事です。例えば、「通常の事業運営を維持する」「重要な資産を勝手に処分しない」「新たな借入をしない」といった内容が含まれます。これは、買い手が買おうとしている会社の価値が、引き渡しまでの間に毀損されることを防ぐための条項です。

条項④:クロージングの前提条件(「これが満たされなければ、取引を中止できます」という条件)

クロージングを実行するための前提条件を定めた条項です。例えば、「売り手の表明保証が重大な点で真実であること」「事業に必要な重要な許認可が維持されていること」などが挙げられます。もし、この前提条件のいずれかが満たされなかった場合、買い手は代金の支払いを拒否し、M&A取引を中止(破談に)することができます。

条項⑤:補償条項(インデムニティ)(「もし約束違反があったら、こう補償します」という損害賠償のルール)

表明保証条項とセットで極めて重要な条項です。もし売り手の表明保証違反や誓約違反によって買い手に損害が生じた場合に、売り手がどのように、いくらまで、いつまで損害を賠償(補償)するのか、その具体的なルールを定めます。売り手にとっては、将来の賠償リスクを限定するための「防御壁」となる非常に重要な部分です。

特に注意すべき「表明保証条項」のリアルな中身とリスク

財務、法務、人事…表明保証は数十項目に及ぶことも

表明保証条項は、以下のように多岐にわたる項目について、その正確性を保証させられます。

  • 財務に関する事項: 決算書が適正であること、簿外債務がないこと、など。
  • 法務に関する事項: 許認可を保有していること、契約違反がないこと、訴訟を抱えていないこと、など。
  • 人事に関する事項: 未払いの残業代がないこと、労働法規を遵守していること、など。
  • その他: 反社会的勢力との関係がないこと、など。

その項目は、数十項目、時には100項目以上に及ぶこともあります。

表明保証違反が発覚した場合どうなるのか?(損害賠償請求の恐怖)

M&A完了後に、売り手が保証した内容に嘘や間違い(表明保証違反)が発覚し、それによって買い手が損害を被った場合、買い手は補償条項に基づき、売り手に対して損害賠償を請求することができます。例えば、契約後に未払いの残業代が数千万円あることが発覚した場合、その支払額を売り手に請求するといった事態が起こり得ます。

売り手のリスクを限定するための交渉ポイント

この将来の賠償リスクを無限に負わないために、売り手は補償条項において、以下のようなリスク限定措置を交渉することが一般的です。

  • 補償の上限額(キャップ): 賠償する金額の上限を、譲渡価格の〇〇%のように設定する。
  • 補償の期間: 賠償責任を負う期間を、クロージング後1年~2年などに限定する。
  • 補償の最低請求額(バスケット): 少額の損害については賠償義務を免れるよう、一定の金額(例えば100万円)を超えた場合にのみ賠償責任を負う、といった定めを置く。

これらの条件は、弁護士やM&Aアドバイザーと連携し、買い手としっかり交渉することが極めて重要です。

株式譲渡契約書に関するよくある質問(Q&A)

Q1. 役員の退職金や従業員の処遇についても記載できますか?

A1. はい、極めて重要であり、記載すべきです。 経営者自身の役員退職金の支払いや、従業員の雇用を一定期間維持するといった条件は、口約束で終わらせず、必ず契約書に明確に記載してもらうように交渉しましょう。

Q2. インターネット上のひな形(テンプレート)をそのまま使っても良いですか?

A2. 絶対にやめてください。 M&Aは一つとして同じものはありません。会社の状況によってリスクの所在は全く異なります。安易にひな形を使用すると、自社に特有のリスクに対応できず、将来大きなトラブルに発展する可能性があります。必ず、専門家があなたの会社のためだけに作成した契約書を使用してください。

Q3. M&Aアドバイザーと弁護士の役割分担はどうなりますか?

A3. 一般的に、M&Aアドバイザーはビジネス面・交渉面のサポート、弁護士は法務面・契約書作成のサポートと役割分担します。 アドバイザーが交渉の全体戦略を立て、価格や大枠の条件を調整し、その合意内容を弁護士が法的に正確な契約書の文言に落とし込んでいきます。両者と緊密に連携することが成功の鍵です。

まとめ:契約書を深く理解し、納得の上で未来へのサインを

株式譲渡契約書は、M&Aという長い航海の最終目的地を示す地図であり、あなたの未来の安心を守るための保険証書でもあります。専門用語の壁に臆することなく、今回ご紹介した5つのキー条項を中心に、その意味とリスクを深く理解してください。

そして、少しでも疑問や不安があれば、決してそのままにせず、あなたのパートナーであるM&Aアドバイザーや弁護士に、納得できるまで質問を投げかけてください。

契約書の内容を心から理解し、納得した上でペンを取る。そのサインこそが、あなたの会社と従業員、そしてあなた自身の輝かしい未来への扉を開く、本当の意味での「成功の証」となるはずです。

※本記事に記載された情報は2025年時点のものです。M&Aに関連する法制度や税制は改正される可能性があります。最終的な意思決定にあたっては、必ずM&Aの専門家や弁護士、税理士にご相談ください。

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