【M&A手法の教科書】株式譲渡と事業譲渡の違いとは?自社に最適なスキームの選び方
はじめに:M&Aの「手法(スキーム)」選びが、M&Aの成果を左右する
M&Aによる会社の売却を決断したとき、多くの経営者様は「会社を売る」という一つのゴールを思い浮かべるかもしれません。しかし、そのゴールに至る道筋、つまり「M&Aの手法(スキーム)」は一つではありません。
M&Aを目的地への「旅」に例えるなら、手法(スキーム)は「乗り物」のようなものです。新幹線で行くのか、車を運転していくのか、あるいは飛行機を選ぶのか。どの乗り物を選ぶかによって、移動時間(手続きの期間)、費用(税金)、そして旅の途中の景色(プロセス)は全く異なります。
間違った乗り物を選んでしまえば、目的地に着くまでに余計な時間や費用がかかったり、思わぬトラブルに見舞われたりするかもしれません。
この記事では、中小企業のM&Aで最も代表的な2つの手法である「株式譲渡」と「事業譲渡」を中心に、それぞれの違いとメリット・デメリット、そして自社の状況に合わせた最適な手法の選び方を、専門家が分かりやすく解説します。
なぜM&Aに様々な手法があるのか?目的によって最適な方法は異なる
M&Aの手法が複数あるのは、経営者がM&Aを行う「目的」が様々だからです。
- 「後継者がいないので、会社を丸ごと円満に引き継いでほしい」
- 「複数の事業のうち、不採算な事業だけを切り離して、中核事業に集中したい」
- 「買い手として、売り手企業の潜在的なリスク(簿外債務など)は、絶対に引き継ぎたくない」
このように、M&Aの目的や当事者の状況によって、取るべき戦略は変わります。手法の選択は、まさにM&A戦略の根幹をなす、極めて重要な意思決定なのです。
【中小企業M&Aの王道】手法① 株式譲渡とは?
株式譲渡の仕組み(会社の所有権を丸ごと移転する)
株式譲渡とは、売り手企業の株主が、その保有する株式を買い手に譲渡することで、会社の経営権を移転させる手法です。
イメージとしては、会社という「箱」を、中身もろとも丸ごと買い手に渡すようなものです。会社の資産、負債、従業員、契約関係、許認可など、すべてが一体として引き継がれます。中小企業のM&A、特に事業承継を目的とするケースでは、最も多く用いられる王道の手法です。
株式譲渡のメリット
- 手続きが比較的シンプル: 株式を譲渡するだけで経営権が移転するため、事業譲渡に比べて手続きが簡便で、短期間で実行しやすいです。
- 事業への影響が少ない: 会社の法人格はそのまま存続するため、取引先との契約や従業員の雇用契約を結び直す必要がありません。事業に必要な許認可も、原則としてそのまま引き継がれます。
- 売り手株主のメリット: 売却代金を株主個人が直接受け取ることができます。
株式譲渡のデメリット
- 不要な資産や負債も引き継がれる: 会社を丸ごと引き継ぐため、買い手にとっては不要な資産や、帳簿には載っていない潜在的な負債(簿外債務)なども引き継いでしまうリスクがあります。このため、デューデリジェンス(DD)が極めて重要になります。
- 全株式の取得が困難な場合がある: 株主が複数いる場合、一人でも売却に反対する株主がいると、100%の株式を取得できない可能性があります。
売り手(株主個人)にかかる税金について
株式譲渡によって利益(譲渡所得)を得た株主個人に対して、税金がかかります。
譲渡所得 = 株式の売却価格 - (取得費 + 譲渡費用)
この譲渡所得に対して、所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%の合計20.315%が課税されます。
【必要な事業だけを売買】手法② 事業譲渡とは?
事業譲渡の仕組み(事業に関する資産・負債を選んで個別に売買する)
事業譲渡とは、会社全体ではなく、会社の事業の一部または全部を、資産や負債を個別に選択した上で売買する手法です。
イメージとしては、会社という「箱」の中から、必要な商品(資産や負債)だけを一つひとつ選んで買い手の箱に移し替えるようなものです。「この店舗だけ売りたい」「製造部門だけを売却したい」といったニーズに応えることができます。
事業譲渡のメリット
- 売買対象を自由に選べる: 売り手は不採算事業だけを切り離して売却でき、買い手は必要な事業だけを取得できます。
- リスクの遮断: 買い手は、簿外債務などの潜在的なリスクを引き継ぐ心配がありません。必要な資産・負債だけを選んで取得するため、リスクを遮断しやすいのが最大のメリットです。
- 売り手法人格の存続: 売り手企業は、事業を譲渡した後も法人として存続します。譲渡代金を元手に、新たな事業を始めることも可能です。
事業譲渡のデメリット
- 手続きが非常に煩雑: 資産や負債を一つひとつ個別に移転させるため、手続きが複雑で時間がかかります。不動産の名義変更、債権譲渡の通知、各種契約の再締結など、膨大な事務作業が発生します。
- 従業員の再契約が必要: 従業員の雇用契約は自動的には引き継がれないため、買い手企業と従業員との間で、改めて雇用契約を結び直す必要があります。これには、従業員の個別の同意が必要です。
- 許認可の再取得: 事業に必要な許認可は、原則として買い手が新たに取得し直す必要があります。
売り手(法人)にかかる税金について
事業譲渡によって利益(譲渡益)を得た法人に対して、法人税がかかります。税率は会社の規模や所得によって異なりますが、実効税率は約30%~34%となります。また、譲渡する資産の中に、建物や機械設備、のれん(営業権)などが含まれる場合、それらには消費税も課税される点に注意が必要です。
【一目でわかる】株式譲渡 vs 事業譲渡 徹底比較表
比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
譲渡対象 | 会社(株式)全体 | 事業の一部または全部(資産・負債を選択) |
イメージ | 箱ごと売買 | 箱から中身を選んで売買 |
手続きの簡便さ | ◎ 比較的シンプル | △ 非常に煩雑 |
契約関係 | ◎ 原則、そのまま引き継がれる | × 個別に契約の再締結が必要 |
従業員の処遇 | ◎ 雇用契約はそのまま引き継がれる | × 個別の同意を得て、再契約が必要 |
許認可 | ◎ 原則、そのまま引き継がれる | × 原則、買い手が再取得が必要 |
簿外債務リスク | × 買い手が引き継ぐリスクあり | ◎ 買い手はリスクを遮断しやすい |
課税対象者 | 株主個人 | 法人 |
主な税金 | 所得税・住民税など(約20%) | 法人税など(約30%~)+消費税 |
ケース別・自社に最適なM&A手法の選び方
ケース1:後継者不在で、会社を丸ごと円満に引き継いでほしい場合 → 「株式譲渡」が有利
従業員の雇用や取引先との関係を維持したまま、スムーズに事業承継を行いたい場合は、手続きがシンプルな株式譲Gitが第一選択肢となります。税率の面でも、一般的に売り手にとって有利です。
ケース2:複数の事業のうち、一つだけを整理・売却したい場合 → 「事業譲渡」が最適
「選択と集中」を進めるため、特定の事業だけを切り離したい場合には、事業譲渡が唯一の選択肢となります。
ケース3:買い手が簿外債務などの潜在的リスクを極力避けたい場合 → 「事業譲渡」が選択されやすい
売り手企業に潜在的なリスクが多いと買い手が判断した場合、買い手側から事業譲渡を提案されることがあります。売り手としては、法人税の負担が重くなる可能性があるため、慎重な交渉が必要です。
(補足)その他のM&A手法
中小企業M&Aでは稀ですが、以下のような手法もあります。
- 会社分割: 会社の一部事業を切り出して新会社を設立し、その新会社の株式を売却する手法。事業譲渡と株式譲渡のメリットを組み合わせたような特徴があります。
- 合併: 2つ以上の会社が法的に一つの会社になる手法。手続きが非常に複雑なため、主にグループ企業内再編などで用いられます。
まとめ:目的を明確にし、専門家と最適なM&A手法を選択しよう
M&Aの手法に、絶対的な正解はありません。「株式譲渡」と「事業譲渡」には、それぞれ一長一短があり、あなたの会社の「M&Aの目的」や、買い手の意向によって最適な手法は変わります。
- 会社を丸ごと、スムーズに引き継ぎたいなら「株式譲渡」
- 事業の一部だけを、リスクを切り離して売買したいなら「事業譲渡」
まずはこの基本を理解し、自社の目的を明確にすることが、M&A成功への第一歩です。
そして、手法の選択は、税務や法務が複雑に絡み合う高度な経営判断です。必ずM&Aの専門家や税理士、弁護士と十分に協議し、あなたの会社にとって最も有利な手法を選択するようにしてください。